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Posted by Shibuko 

やけどー黄色ブドウ球菌ー敗血症ー毒素性ショック症候群体験談その5

Posted by Shibuko on 22.2013 未分類 0 comments 0 trackback
11月におこったやけどー黄色ブドウ球菌ー敗血症ー毒素性ショック症候群についての続き(その5)です。


そうして、火曜日の朝、私たちは病院に向かいました。
朝の病院は日曜の夜と比べたらとても静かでした。
処置室に通され、先生を待っていると何分もしないうちに土曜の朝に見てくれたインド系の外科医師が来てくれました。
そして、やけどを見て説明をしてくれました。
「ここのピンクの部分は、やけどがひどくない部分。そしてこの白い部分がやけどがひどい部分。おそらくこの部分は傷になるかもしれない。」と。
今回の事があるまで全然知らなかったのですが、やけどは表面だけの浅いやけどであれば、赤くなるそう。
ですが、やけどの重症度が高い部位は組織の深い部分まで熱が届いており、すぐには赤くならないで、普通の肌色に見えるようです。
息子は右腕に2箇所このような白っぽい部分があったので、その部分を説明してくれました。
(ちなみに余談ですが、息子はドレッシングと呼ばれるやけど用の絆創膏のようなものをつけていたのですが、確認する際に剥がすのに痛みを伴うかもしれないのでこの日、くる前に鎮痛剤を飲ませ、また到着してからも別の鎮痛剤を投与されていました)
「でもこれは帰国するにあたって特に問題はないのでこの後帰国したらアメリカで通院を続けて下さい」と言われました。
また、やけどの後遺症を残さないための治療法にはいくつかの意見があるようですが、有力な説はとにかく組織を壊すように揉んでマッサージをすることだそうです。
医師はそのやり方を見せてくれました。
そしてひとしきり説明が済むと、今度は私たちが今の息子の状況を説明し、内科の先生に再度見てもらいたいことを伝えました。

インド人の女医は、看護師にその旨を伝え、「別の医師が来るまで待っててね」といって立ち去りました。

しばらく待つと別の男性医師が、別の処置室へ案内してくれ、そこで血圧や心音などを確認しました。
私たちが懸念していたいくつかの点を伝えました。
・嘔吐が今でも少し続いていること、
・昨晩ほとんど寝られなかったこと、
・顔と股関節に不自然な赤みがあること。

正直この日の午前中の事はあまり正確には覚えていませんが(この後に色んな事がおこり過ぎたため)
おそらく、血液検査をする事になったような気がします。
医師も代わる代わる色んな方がみえました。
最初に来た男性医師はまだ見習い中だったようで、簡単な問診程度でおわり、オムツかぶれは下痢のせいじゃないかと言って立ち去りました。
その後また立ち代わりくる医師に私たちは一から説明をしていきました。

待っている時間は非常に長く、息子も何度もぐずりその度に私たち夫婦はだっこしたり、
おっぱいをあげたりとできる限りのことをしてはいましたが、精神的にとても苦痛でした。
唯一の救いは、さすがアイルランドの病院ということもあり、待っている関係者に紅茶とトーストを用意してくれることでした。
紅茶はもちろんアイリッシュブレックファストーでミルクを入れて飲む、とてもしっかりした紅茶です。
トーストもまずくはありませんでした。
むしろほとんど朝食は食べていないに等しかったので、おいしくさえ感じられました。

2杯目の紅茶を飲んだ頃(午前10時ごろ)日曜の夜に会った女性医師が来てくれました。
彼女の名前はブリジット・フレイというそう。
「あら、かわいそうに。また来たの?」と言って息子の状況を詳しく聞いて、割とすぐに立ち去りました。

その後、今度は黒人の男性医師が息子の顔と股関節のかぶれをみました。
なんだか芸術家のようなタイプで「顔の赤みに怒りを感じる。」となんだかわけのわからない情熱的な表現をしていました。
すると今度はメガネをかけた中年の医師が黒人医師に伴われやってくると、「これはあまり良くないかもなぁ。専門家の意見が必要だが・・・」と言いました。

そんな感じでとにかく何人もの医師が代わる代わる来てはいろんなことを言って行きました。
もうこの時点で11時は過ぎています。
2時間くらいで帰れるだろうと思っていましたので、疲れてきてしまいました。
また途中で夫が必要なものを取りに家に帰ることにしたので、その頃には私は息子と病院に二人きり。
泣いてはおっぱいを飲み、疲れ果てて寝て、下痢をしては目を覚ましてを繰り返しています。
またこの時点で鎮痛剤を始めてから3日はたっていましたが、薬を無理に飲ませても胃から吐き出す術を覚えてしまい、経口投与は不可能に近く、看護師に言って、坐薬をもらうことにしていました。

とにかく、息子はもう限界に疲れている状態で、私たちは疲弊していて、今思い出しても本当に本当に長い1日でした。

そして、またしばらく医師がと紅茶サービスのお姉さんと看護師が入れ替わり立ち代りしたあと、ブリジット医師が戻ってきて、「念のため、救急処置室に入れてもう少し詳しく様子をみたい」と言いました。

詳しく様子を見たいというのは、つまり心拍数、心電図、産量などを継続的に測定し、看護師もほぼ付きっきりの状態になるということです。

それは、病状が深刻であるということを意味していたのでしょう。
ですが、朝から4~5時間も病院にいて、そのうち直近3時間はずっと待ち状態にあった私たちにとっては、進展があったというだけでなんともいえないポジティブな気持ちになりました。
「やっと誰かが見てくれる。」「何が原因なのかはっきりする。」「これで息子は楽になる。」そんな風に思ったような気がします。

午後1時くらいのことでした。
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プロフィール

Shibuko

Author:Shibuko
2011年に夫の仕事の都合で東京から渡米。
2012年にアメリカで出産。
ノースカロライナ、ボストン、そしてまたノースカロライナと東海岸を転々とし、1歳と3歳児の母親業のかたわら、キラキラした毎日を送ることをモットーにお料理、ものづくり、パーティーときどきアンティークなどを日々勉強中☆

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