スポンサーサイト

Posted by Shibuko on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by Shibuko 

やけどー黄色ブドウ球菌ー敗血症ー毒素性ショック症候群体験記 その3

Posted by Shibuko on 08.2013 未分類 0 comments 0 trackback
11月におこったやけどー黄色ブドウ球菌ー敗血症ー毒素性ショック症候群についての続き(その3)です。

土曜の朝のやけど事件から、夫の実家に戻ってしばらくすると息子は機嫌よく目を覚まし、その後も普段通り、まるでやけどなど無かったかのように遊んでいました。

その日は夫の叔父が遊びに来る予定で、当初は来るのを止めようかという話も出たのですがあまりに息子が平然としてるので「とりこし苦労か・・・」というわけで、息子と義叔父は初対面。
慣れたら義叔父のひざの上に座ったり、ニコニコしたり終始ご機嫌で、
私たち夫婦だけでなく夫の家族全員が「ひとまず時間がかかってでもやけどが治れば・・・」と
胸をなでおろしていました。

もともと夕方から夫と義父はラグビーの試合の観戦に行く予定になっていて、
息子の様子をみていくかどうか決めようということだったのですが、
そんなわけで二人は軽い足取りででかけていきました。

その夜は特に何事もなく、夕飯を食べ寝てくれました。

一夜明け、翌日。
その朝も機嫌は悪くなく、テレビで前夜のラグビーのハイライトシーンが流れているのをみて
アイルランドがスコアを決めた瞬間、誰に言われるでもなく拍手をはじめ「キャー!」と嬉しそうに歓声をあげていました。
一緒に見ていた私と義父は、9ヶ月のわが子がわかるはずもないラグビーを見て嬉しそうにしているのをみて
顔を見合わせて笑いました。
もう本当に、やけどしたのがうそのようでした。

その日のお昼は夫の従妹が数ヶ月前に結婚をしたので、式に参加できなかった分の埋め合わせに従妹夫妻と
お昼を食べに行くことにしました。
ちょうど息子のお昼寝の時間が重なっていたため、義母が「面倒を見るから二人でいってきなさい」と言ってくれて
息子は家においてでかけました。

行った先はMoloughney's Clontarf

ダブリンの中心地からバスで30分くらいのところにありますが、アイルランドのおいしいお肉を
伝統的なスタイルで楽しむことのできるとてもいいレストランです。
お酒もおいしいし、ここにくるとついつい時間を忘れて長居をしてしまいます。

心地よい時間を従妹夫妻と過ごした後、息子に会いたいといって夫妻は家に立ち寄ってくれました。
そのとき夕方4時ごろでした。
少し息子の機嫌が悪くなっており、「あまりよく昼寝が出来なかったかな?」くらいに思っていましたが
若干からだが熱くなっていたので、少し熱があるんだなということに気づきました。

とはいえ、多少の熱は赤ちゃんにはよくあることなので、あまり心配はしていませんでした。

その後、今度はもう一件別の約束が入っていました。
夫の大学時代の友人夫妻です。
この二人も私たちが帰国する前にもう一度あいたいと行ってくれて忙しい中時間をさいて
夫の実家近くにあるパブまで来てくれいることになっていたのです。

息子は少し熱はあるものの、義母には絶対の信頼をおいているし、2時間もかからないで帰るつもりでいたので
でかけることにしました。

夕方7時前に家に戻ってくると、息子はすでに就寝していました。
(わが家では普段は6時半から7時半の間に息子は夜の眠りにつくのです。)

義母が、「6時ごろに夕飯を食べさせて、6時半に絵本を読んであげて寝たわよ。でも少し咳をしているのが心配ねぇ。」といいました。

確かに、戻ってほとんどたたないうちに息子の咳が何度も聞こえていました。
いつもは多少咳をしていても、部屋には入らず、一人で寝かせておくのですが、心配になったので
夫が部屋をのぞきにいきました。

すると、「大変!ベッドの中で吐いてる!!」。

咳き込んでいたのは、普通の咳ではなく、もどしていたのでした。
熱もあがっているし、顔色もあまりよくない・・・
こんな状態の息子をおいて何で私たちはでかけていたりなどしたのだろうと、
自分を責めるような気持ちになりましたが
息子がベッドに入ってから私たちが戻ってくるまではたったの20分たらず。
私たちがいたところで、状況はかわらなかったのだろうから気をとりなおして、
息子のベッドを片付け、着替えをさせまたベッドにもどしました。

しかし、その後も咳が止まらず、何度か吐いていました。
あまり吐くようだと、水分不足が心配なので、母乳を与えました。
すると今度は母乳を飲んでる最中に、飲んだ母乳を全部噴水のようにはいてしまうのです。
それでも、少しでもいいからたしになればと何度か母乳を与えますが、やはり飲んでいる最中に吐いてしまうのです。

最初のころは、「少し様子をみて・・・」と思っていましたが、嘔吐が止まらず、
本人も苦しくて泣いてはおきてしまい、顔色もどんどん悪くなってぐったりとしていくので
夫が病院に連れて行こうといいました。

私は、病院に連れて行っても、嘔吐している状態だったら、吐くのをとめる薬をもらえるわけでもないし、
水分補給だけされるのが関の山と思い、病院にいくことにあまり乗り気ではありませんでした。
このときの症状は大人でいえば、ウィルス性のおなか風邪といった状態でした。
周囲でそういった風邪がはやっていて似たような症状の大人が何人もいたので、
きっとそれがうつったのだろうと私は思っていました。

ですが、夫はやけどのときとは対照的に、病院にどうしてもつれていきたいというので特に反対はしませんでした。

病院までは義父が車で送ってくれました。
このとき夜の8時45分ごろだったと思います。
夫と私は平静を装うように、車の中で今日の症状の変遷と時間を確認し、聞かれたときにパニックせず
すぐに答えられるようにとすりあわせをしていました。

行った病院はやけどで行ったところと同じTemple Hospitalです。
今度は救急車ではなく急患でいったので入り口や受付が多少違いました。

日曜の夜だというのに、病院は静かではありません。

夫が息子を抱え、私はたくさんの荷物を抱え義父と一緒に待合室にいました。
その後、比較的すぐに看護師に呼ばれ、症状を聞かれ体温を測定し処置室へ通されました。
おそらくすぐにはおわらないだろうと思ったので、義父に一目だけ処置室にいる息子をあわせてから
義父には家に戻ってもらうことにしました。
義父は、翌日仕事があるにもかかわらず終わるまで待つといってくれましたが、きっと深夜までかかる気がしたので
私たちはタクシーで帰るからといってていねいにお断りしました。

正直言って、夫の家族はとても優しいです。
義母は滞在中できる限り、息子の面倒をみてくれようとして「アメリカにいたらできないから
いまのうちくらいのんびりしなさい」といってくれるし、
義父もできる限りのすべてのサポートをしてくれます。
それはおそらく、彼ら自身が家族から離れて海外生活を長くしていたから、
私たちのおかれた状況が自分のことのようにわかってくれるからだと思います。
強要はせず、必要なときにサポートできるようそばにいてくれる、そんな存在。
この家に嫁いでよかったなといつも感謝の心で一杯です。

感謝はさておき、処置室に通され、看護師があわただしくいったりきたりする中
息子も普段とはなれない環境、特に眠たいのに蛍光灯が煌々とひかり、熱もあり気持ち悪いなどで
ずっとぐずっています。
嘔吐のほうも頻度は減ったもののやはり、車の中でも病院についてからも続いており、
もう吐くものがないのか黄色い液体のようなものを吐いていました。
親としてかわってやれないものかと思うほどかわいそうでした。

となりでは、怪我をしている男の子、体調のわるそうな女の子がそれぞれ親に付き添われて
泣きべそをかいているのをぼんやりと眺めていると、ラフな格好をした女性がやってきました。

「今日はどうしたの?」
どうやら医師のようです。
夫が、今日の症状の説明、そして土曜の朝にもここに来ていたことを説明しました。

「かわいそうに、2日も続けてこんなところに来なきゃいけないなんて。」
そういった後、とりあえず血液検査をしてみるけれど、話を聞くかぎり、季節性の風邪の可能性が
高いみたいだから点滴をして様子を見て大丈夫そうだったら今日は帰ってゆっくり休んで、といいました。

医師は気取ったところはまったくなく気さくな先生で、息子の状況をみてもあまり深刻になるふうでもなく
まぁこういうこともあるから、といった感じで、こちらを安心した気分にさせてくれました。

医師が軽い足取りで立ち去ったあと、看護師がきて血液を採取し、点滴を入れてくれました。
点滴1本で約1時間ほどかかったかと思います。

点滴をしている間に少しだけど、息子の顔色もよくなり、落ち着きを取り戻しつつあるようでした。
血液検査も特にこれといった炎症や感染の兆候はなく、
医師は「とりあえず帰って寝て様子をみてまた調子がわるかったら来てね。もう来てもらいたくないけど。」と笑いました。

点滴が終わったころには、11時をすぎていたか、いなかったか、とにかく深夜までにはかからなかったものの
息子もいつもよりかなり遅い時間まで振り回されもう早く寝かせてくれといった感じだったし、
私たちも疲れきっていました。

受付でタクシーを呼んでもらい、家に戻りました。
家族はみんな寝ています。

私たちもすぐに支度を済ませベッドに滑り込みました。
「このまま良くなってくれるといいなぁ・・・」と祈りながら。
関連記事


  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://keikobiyori.blog.fc2.com/tb.php/68-eab554fb

プロフィール

Shibuko

Author:Shibuko
2011年に夫の仕事の都合で東京から渡米。
2012年にアメリカで出産。
ノースカロライナ、ボストン、そしてまたノースカロライナと東海岸を転々とし、1歳と3歳児の母親業のかたわら、キラキラした毎日を送ることをモットーにお料理、ものづくり、パーティーときどきアンティークなどを日々勉強中☆

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

検索フォーム

Visitors

Access Ranking

[ジャンルランキング]
日記
5307位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
主婦
648位
アクセスランキングを見る>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。